「この穢れた血め!!」

品性の欠片も感じられない貶し言葉を聞いて、私が思ったのはただ一つ。


───ああ、まずったなあ。





遡ること数分前。
寝不足で思わず欠伸をしてしまった僅かな間に、同寮の上級生たちに囲まれた。そして第一声に「品の無い奴だな。流石は穢れた血だ!」。
穢れた血うんぬんは置いといて、前半に関してはそっくりそのまま未来の貴方に返してあげたい。
まあ確かに欠伸ははしたなかった。そこは認めよう。
しかしそこから一切関係の無い悪口、例えば「スリザリンの恥」など「魔法使いの面汚し」など言われ続ければ、この上無く寛容な私でも苛立ちが蓄積されてしまうというものだ。
彼らの口から出るものが、私に対する侮辱からいかに彼らが崇高な血を引いているのかという演説にシフトしたところで、思わずボソッと本音が溢れてしまった。

「自慢できることが血しかないのか」

可哀想な人たちだ。

そこまで言ったところで「あ、しまった」と口を閉じた。
しかしそこは偉大なるスリザリンの先輩方。
素晴らしい地獄耳をお持ちのようで、一瞬呆けたあと、カッと顔を赤く染めあげた。
あとはまあ、想像できる通り飛んでくる飛んでくる罵詈雑言。
もはや言語の体系を成さぬわめき言葉を聞き流しながら、心の中で反省した。

いやあ、いくら最近宿題に追われててイライラしてたとはいえ、大人げなかったわ。相手先輩だけど。私より年上だけど。
適当に無視しておけば、この人たちもすぐ飽きただろうに。

ふう、とため息をつけば、どうもそれが気に触ったようでポガードもビックリの凶悪面になった。
そして冒頭の言葉とともに取り出された魔法の杖。
流石に魔法はくらいたくないので(ましてやこの人たちの場合、闇の魔術を修得している可能性もある)、私も杖を出そうと手を動かした。

「な、なんだこれは!」
「貴様なにをした!!」
「え、いや私じゃないです」

しかし杖を構える前に、突如私と先輩方の間に光の玉が現れた。
予期せぬ事態に警戒心を最大に高め、ふよふよと空中で踊るそれを目で追う彼らの様は何とも間抜けだ。
私はそんな彼らはを横目に、当たりを軽く見回す。

すると、少し離れたところに目立つ赤毛の少年が2人、立っているのが目に入った。
顔立ちがそっくりな、むしろドッペルゲンガーかと思われる二人のうち、一人と目があう。
ニヤリと悪戯っ子の笑みを浮かべた彼は、人差し指を口に当て、しーっと私に合図した。
その隣で、もう一人が同じ笑みを浮かべながら大きく杖を振る。

その瞬間、私たちの間を漂っていた光が急上昇した。

「ひっ」

めに見えて怯える先輩方。
そんな彼らを見て、後ろの赤毛二人は一層楽しそうに笑い、杖をもう一振りした。

上級生の頭上に到達していた光の玉が、大きな音を立てて破裂する。
同時に発した光も凄まじく、視界が白く塗りつぶされた。
少しの間使い物にならなかった目と耳の代わりに、鼻がいち早く異常を察知する。

なんか、焦げ臭い。

「う、うわああ!」
「消せ!消せよ!」
「熱いぃ!」

復活した目がとらえたのは、髪を燃やしながらわたわたと慌てふためく先輩たちの姿だった。
気が動転しているのか、魔法を使うことなくマグル式で火を消そうとしている。

なんだか憐れになって、消してあげようと杖腕を持ち上げるが、

「ひいいいいいっ!」

呪文を唱える前に逃げ去ってしまった。

…まじで私何もしてないんだけどなー。

「思ったよりも周囲への被害が大きかったな」
「ああ。ターゲットを正確に仕留めるには改良が必要そうだ!」

上級生の背中が見えなくなったところで、隠れていた赤毛の二人が私の方に歩いてきた。声も全く同じだ。
ツッコミ所は色々あるものの結果的に助けられるかたちになったので、お礼を言おうと体を彼らに向けた。

「あの──」
「まあそれはあとだな」
「一先ず退散!!」
「え!」

いきなり二人に両サイドから腕を掴まれた。
そのまま走り出した彼らに、足を縺れさせながら従う。

「ちょ、ちょっと」
「話なら後で聞くとするよ!」
「君もフィルチに捕まりたくはないだろ?」
「あの音なら今ごろ大慌てで来てるぜ」
「それはそれで見たいけどな」
「いっそフィルチでも試すか?」
「いいな!」
「よくないよ!」

咄嗟にツッコんでしまった。


***


両手を掴まれた走りにくい状態で、なんとか人気の少ない廊下に逃げ切った。
乱れた息を整えて、顔を上げると、二人が私の首もとを見て目を大きく広げていた。

「あれ?スリザリン生?」
「グリフィンドールだと思ってたぜ」

スリザリンの部分に少々刺を感じたが、それ以上に好奇心も向けられているのがわかる。

「スリザリン生なのにスリザリン生に絡まれてたのか?」
「珍しいこともあるもんだ」
「仲間割れ?」
「アイツらが?」
「あーいや、私、両親がマグルだからね。それでちょいちょい」
「え!」

別に隠す必要もないので絡まれていた理由をサラッと話すと、さらに目を広げる二人。

「ネクタイを間違えてるぜ」
「正真正銘私のです」
「本当にスリザリン?」
「本当にスリザリン」
「組分け帽子も耄碌したのか」
「でも僕たちグリフィンドールだろ?」
「じゃあ一時的に」
「その線はあるな」
「違うよ」

矢継ぎ早に言葉を発する二人の言葉を止めて、「──なんていうか、」と遠い目をする。

「血筋と性格って、必ずしも一致はしないよね」

私の呟きを聞いて、二人は顔を見合わせた。
少ししてから「なるほどな」と声を合わせる。

「「性格が悪かったのか」」
「失礼だな君ら」

頬がひきつった。
そんな私を無視して、二人はアイコンタクトをして互いに頷いた。

「しかしそういうことなら!」
「どういうことだ」
「僕たちにご助力願おうか!」
「は?」
「血筋をも凌駕する!」
「その大いなる狡猾さを!」
「…」
「生徒諸君の学園生活に刺激を提供するために使わないかい?」
「もちろん、悪戯を通してね!」

そういえば、少し下の学年に、悪戯ばかりしている問題児がいると耳にしたことがある。
ふと甦った記憶に、もしかして、と二人を見た。

「僕はフレッド・ウィーズリー!」
「僕はジョージ・ウィーズリー!人呼んで」

「「悪戯仕掛け人さ!」」

見事なハモりを披露した彼らの目は、「こんな面白いものを逃す手はない!」と輝いている。

予想は見事的中したようで。
厄介な奴等に目をつけられたものだと苦笑した。

「…フィルチの折檻は勘弁だよ」

だがまあ、嫌いじゃない。


直後、悪戯仕掛け人スリザリン支部の設立を祝して大爆発を起こした彼らに、拳骨というマグル式制裁を加えた。


2014/11/13


知ってます展開が急なのは。

知ってはいるんです。